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私のわんにゃん物語
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タイトル 日 時
キラ
キラは時々、おしっこを失敗します。いえ、粗相というよりわざとしているのではないかな、と思う時があります。トイレシーツからはみ出ているのなら、目標を間違ったと思いますが、少し離れた所とか、カーペットの端とかにかけるのです。滅多にしないとはいえ、それは困りものです。これは息子から聞いた話ですが、キラが死んだ真似をした、というのです。理由を聞くと、どうやらおしっこをトイレ以外でしたらしく、運悪くお父さんが踏んだのですね。当然怒ります。「キラ!おしっこしたな!」と大きな声を出したので逃げようとしたのです... ...続きを見る

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2008/10/14 17:52
キラ
子犬の頃は多少吠えても耳障りではありません。でも成犬になると、いくら小型犬でも、ご近所に煩いのではないかと気になります。キラはチャイムの音に反応します。「きゃんきゃん」は愛嬌でも「わんわん」になると、いきなり吠えられてはびっくりします。来客があったときなどは困ってしまいます。よちよちキラの頃は可愛くても、おとなになれば牙も生えて、噛まれたりすると結構痛いものです。私たちには甘えて、噛むというよりも口に咥える程度ですが、他人様にそんな事をすれば大変です。最初の頃は来客があれば気を使ったものですが、... ...続きを見る

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2008/10/09 21:41
キラ
本当にキラはやんちゃぼうずです。まだ片手に乗るくらいの小さな体でルビーに体当たり、抱っこしようと手を出すと、その手の指に噛み付き、猫みたいに脚に絡みつき登ろうとして落っこちたり、子犬とはいえ、一時もじっとしていません。ソファに座っていると顔を見上げて「きゃんきゃん」鳴きます。ソファにあがりたいのに高すぎるものですから抱いて乗せろというのです。息子たちはからかって「おいで」と手招きしますが、煩く騒ぎたてるだけですので、結局は抱き上げます。そうすると今度は下ろせと鳴きます。わが家のソファは2人掛けと... ...続きを見る

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2008/10/01 13:57
キラ
「可愛い〜!」次男の一言でペットショップにいたシーズー犬の運命が決まりました。ルビーがいましたので購入する心算はなかったのですが、わが家はみんな動物好きなので、町へ出かけると大抵はペットショップへ足を向けます。長男も次男も勿論私も、つぶらな瞳にめろめろです。ですが、夫がいないので3人で決めてしまうわけにも行きません。何よりルビーが受け入れてくれるかどうか心配でしたし、経済的な問題も気になることでした。迷いながらも心はかなり傾いて、ついに夫の了解を得るまで、ということにして予約を入れて帰りました。... ...続きを見る

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2008/09/22 11:14
ルビー
大人になってからのルビーは、もともとおとなしい性質でしたので、これと言った出来事も無く過ごしてきました。私の中の思い出は冬の脱走事件ぐらいしかありません。幾ら考えてみても記事になりそうな事件も無いので家族に聞いてみました。みんな脱走した時の事を言い出すのですが、それはもう書いたからと言うと、それなりにあったようです。夫はまだルビーのトイレの躾が出来てない頃のことを言いました。居間のテーブルの下に、夏でしたから花茣蓙を敷いていました。その一角にルビーがおしっこをしたのです。夫にしてみればかなり強く... ...続きを見る

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2008/09/07 22:35
ルビー
ルビーが若い頃、三度ほど脱走をしました。一度目は一歳の春、家具の入れ替えのため、玄関のドアを開け放していた隙をつかれてしまいました。移動を終えてほっとしてルビーを呼んだのですが、いつもならすぐ走ってくるのに、姿が見えません。家の中をさがし、まさかと思いながら、お風呂場やトイレの仲間でも覗いて見ましたが、そんな所にいるはずがありません。何時も散歩している道を歩いているのかもしれないと、取敢えず息子を車に乗せ探しに行く事にしました。少し走ってから、右に行こうか左に行こうか、迷っていると、向こう側から... ...続きを見る

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2008/08/25 11:33
ルビー
家の中で犬と暮らすのは初めての経験でした。一番戸惑ったのはトイレの躾です。あまりにも小さくてどんな形で用足しをするのかもわかりませんでした。眠っていても座っていても同じ格好に見えて、気が付いた時は既に用を足していた後だったり、家族で気をつけていても、最初はてんやわんやでした。息子たちは学校に行き、夫婦共働きなのため、日中はひとりぼっちのルビーなので、一緒にいるときはケージに入れることはありませんでした。最低限トイレさえ覚えてもらえれば後は自由にさせていました。息子たちでもそうでしたが、私は、あま... ...続きを見る

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2008/08/19 10:09
ルビー
ルビーと出会ったのは1997年4月でした。いつも行っているホームセンターのペットコーナーでは、犬猫は扱っていないのですが、春先には近郊の犬専門店がコーナーを設けます。これまで動物は拾ったり貰ったりしていたので、金銭で手に入れるということは考えてもみませんでした。その日も子犬を可愛いから眺めただけで通り過ぎてしまいました。それでもその子犬のあどけない顔が心に残りました。飼うことなどできないと諦めてはいたのですが、どうしても、もう一度会いたくて、次の日もホームセンターへ連れて行ってもらいました。やっ... ...続きを見る

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2008/08/12 10:07
さくらとリリー
ミニうさぎを育てたことがあります。その当時は市に一軒しかなかったホームセンターに足しげく通っていました。なぜかというとペットコーナーがあったからです。小動物を主に扱っていましたから、金魚、小鳥、ハムスター、リスなど、そしてミニうさぎがいました。何でもそうですけど、赤ちゃん時代というのは、とても可愛いものですね。ミニとはいってもうさぎは結構高くて、ケージや食器やらを取り揃えるとなると、簡単には手が出せませんでした。飼うことができないのなら、せめて見て楽しもうと通っているうちに、夫が「欲しいの?」と... ...続きを見る

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2008/08/08 09:52
雪丸
雪丸が両親の元へ定住したために滅多に会えなくなりました。社宅と事務所が扉一枚でつながっているので、お昼休みには会えるはずなのですが、何しろ、おとこ猫なので、自由気ままに山野をふらついています。すれ違いばかりでした。それでも、たまに会えると、ちゃんと覚えていてくれて、嬉しそうに「みやぁー」と鳴いて抱っこをせがみます。猫は体をあちこちにこすりつけてきますので、当然汚れて帰ってきます。あんなに真っ白で綺麗だった雪丸が、ほこりまみれになって、すっかり薄汚れて現れたときはびっくりしました。「黒丸」と改名し... ...続きを見る

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2008/07/30 17:26
雪丸
猫の鳴き声はどうしてこんなにも可愛いのでしょう。細く甘くとても心地よく響きます。それが子猫だとしたら極上です。手のひらに乗りそうな小さな真っ白い子猫、その大きな目で見つめられ甘えられると、もう何でもしてあげたくなります。でも油断してはいけません。どんなに小さくて愛らしくても、猫には爪があります。次男はしばしば餌食になりました。手加減を知らない幼子どうし、泣かされるのは何時も次男でした。それでも懲りることなく息子は雪丸と遊びたがりました。そんな時は長男に一緒に遊んでもらったりしました。小学生ともな... ...続きを見る

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2008/07/23 11:42
雪丸
ハチが旅立って、しばらくは動物と無縁の年が続きました。結婚して子育てと会社勤めの両立で大変だったこともありますが、老いていく姿を見ているのは辛いものがありました。犬を見ればハチやタロウを思い、猫を見ればミコやミミを思い、看取ることの悲しみを味わうのは、二度としたくなかったのです。けれども出会ってしまったのです。最初は父母の元へ持ち込まれた子猫でした。兄が拾った猫が子供を3匹産み、捨てるのは可哀相だから1匹だけでも育ててほしいと、半ば強引において行ったそうです。早速会いに行きました。とても小さくて... ...続きを見る

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2008/07/10 22:18
タロウ
1頭だけ残ったハチの子はタロウと名付けました。ハチの毛色はベージュなのにタロウは茶系でした。ハチが垂れ耳なのにタロウはピンと立っていました。ハチはおとなしくて滅多に吠えないのにタロウはすぐ吠える犬でした。親子なのにちっとも似ていなかったのです。それでも仲良し親子で、その繋がりは一生変わりませんでした。タロウとの思い出はそれほど残っていません。結婚して家を離れてしまったからです。時々顔を見に行くと覚えていてくれて歓迎してくれました。今でも心に残っている思い出は子供を産んで連れて行ったときのことです... ...続きを見る

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2008/07/04 13:15
ハチ
ハチは一度だけ出産をしました。私はどんなにハチが外へ行きたがってもミコのように子供ができては困るので家から出したことはありません。所が私では駄目だと思ったらしく父母にせがんだようです。私の知らない所での朝帰りをしていました。当然のようにお腹が大きくなってしまいました。「出さないでと言ったのに出したんだから責任とってね!」生まれたらちゃんと里親を探して見つからなかったら育てることを確約してもらいました。だんだんお腹が大きくなってくるとハチは歩くのも大儀そうでした。時々お腹をさすってあげると嬉しそう... ...続きを見る

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2008/07/03 08:09
ハチ
ハチは大きくなっても室内犬のままでした。冬の外の寒さは半端ではありません。父親に外に出すように言われても聞かぬふりをしていました。今更外に出すなんて酷なことはできませんでした。ミコは最初から私のベッドの枕元で一緒に寝ていましたから、ハチはその横の座布団の上を自分の場所と思っていました。ところが寒くなってくると体温が恋しくなって来たのか、ベッドに上がってくるようになりました。ミコを押しのけて布団の中へ入りたそうにしましたが、これだけはミコも譲らず、渋々足元へいって寝るようになりました。ミコもハチも... ...続きを見る

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2008/06/24 17:52
ハチ
ハチがうちへ来た頃は、まだミコのほうが大きくて、母親から離されたばかりなので、くっついて行っては怒られていました。すり寄って行って引っかかれたこともありました。それでも懲りずに付きまとい、ミコもいつの間にか気にしなくなりましたが、ハチは犬ですから、まもなくミコより大きくなってしまいましたので、今度はミコが遠慮するようになりました。小さい頃は特別散歩に連れて歩かなくても、庭で一頻り遊ばせると満足していましたが、成犬になると物足りなくなってきたようで、だんだん遠出をするようになり、母と私と、時々帰省... ...続きを見る

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2008/06/20 17:10
ハチ
見渡す限りジャングルのような寂しい場所にある社宅、夜なんて恐くて絶対外出などできません。札幌からこんな辺鄙な所へ引っ越しする時の約束が番犬を飼うということでした。ペットショップなどというもの存在など知らない世間知らずでした。犬とか猫は拾うか貰ったりするものと、いうのがその頃は普通だったと思います。配送センターの仕事が軌道に乗り、従業員が1人増えたことで、やっとその人の親戚から子犬を譲ってもらうことができました。まだよちよち歩きの、おとなしそうな可愛い子犬でした。番犬にはなりそうもありませんでした... ...続きを見る

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2008/06/17 10:00
ミコ
ミコはかなり大人猫でしたから子猫が生まれることはないだろうと思っていました。この頃肥ってきたな、とのんびりしていたものです。もしかして?と気付いた時はかなりお腹が大きくなっていました。まったく予想していない出来事に慌てました。(わっ、どうしよう。何匹生まれるのだろう。育てられるのか、里親をさがさなくては)と。それより何より無事生むことができるのか、若くはないので、母親気分でとても心配したものです。そんな私の心配をよそにミコは3匹の子猫を生みました。雄が2匹雌が1匹でした。母となったミコが子育てを... ...続きを見る

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2008/06/14 09:54
ミコ
次の日、また来るかな、と淡い期待を抱いて待ちましたが、来ませんでした。諦めたのかと思いましたが、更に次の日の夕方、鳴き声が聞こえました。あの遠慮がちな優しい声で鳴いたのです。私は勝手口を開けて飛び出すと、もう猫を抱き上げていました。そのまま父の元へ連れて行き「抱いてみて」と無理矢理押し付けました。しかめっ面をしていた父も、猫の温もりを肌で感じた時、頑固な気持ちが折れたようです。「ね、可愛いでしょ?飼っていいでしょ?」とすかさず頼み込むと「しょうがないな」とそれでも渋々了知してくれました。嬉しくて... ...続きを見る

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2008/04/23 10:51
ミコ
兄が仕事の都合でアパートを借りて住むようになり、弟も東京の大学へ進学をして、わが家は3人暮らしになりました。父が札幌へ転勤になったのはそれから間もなくです。私もその頃は就職していたのですが、仕事のことで悩んでいる時でしたので、渡りに船とばかり会社を辞めて両親についていく事にしました。札幌では動物たちに巡りあう事はありませんでしたが、3年後に千歳市へ転勤になり、そこで出会ったのです。父の勤め先の会社が千歳市に資材置き場をつくり、そこへ住む事になったのですが、もともとは酪農地帯だったので、とても辺鄙... ...続きを見る

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2008/04/21 16:48

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